己の無知を知る

クルマのことを完全に理解してる人っているんでしょうか。
クルマって難しいです。
そもそも材料を理解するだけでも死ぬほど大変なのに、それが部品になると思うともっと大変ですね、さらに製品になったクルマに働くメカニズムを全て理解しようと思うと気が遠くなります。
人の一生はあまりに短い。

「サーキット走行をするようになってから、一般道を飛ばさなくなった」という声をよく聞きます。
クルマをコントロールすることの難しさを感じたからですね。
サーキット走行を重ねて、まじめに練習していくと、技術としては確実に上達していきます。
にも関わらず以前より一般道を飛ばさなくなる、公道が危険だと感じるようになる、というのは「どこからどこまでがコントロールできる範囲で、どこからどこまでがコントロールできない範囲なのか」ということを、以前よりもはっきりと把握できるようになったということですね。

何かを理解していく過程とは、自分が「何を理解していないのか」を認識していく過程でもある。
ということを、感じる機会が増えました。

クルマは難しい、それは確かに難しいのですが、ひとつひとつのメカニズム自体はそれほど難しくないと思うことも多いです。
もちろん理解困難なものもたくさんあるでしょう、でも同じくたくさんのものが、思ったよりは難しくないものだな、と。
十分な基礎を学んだうえで、十分な説明を受け、十分に理解のための努力をすればなんとか理解することが出来る、いったん理解してしまえば「な~んだ、こんな簡単なことだったんだ」と。
そう思う機会って意外と多いんじゃないかと思います。

ただ、尋常じゃなく量が多い。種類が多い。
「十分な基礎」なんて…普通そんなもんありませんよ…。
なにかひとつの要素を理解するために必要な基礎知識、というのがあったとして、それは普通に義務教育のレベルかもしれませんし、あるいは東大物理の入試に出てくるレベルかもしれません。
専門家から見れば東大入試の問題だって「こども(高校生)のレベル」です、分かってて当然の基礎知識ですね。
こないだバネのこと調べてましたが、物理の試験の難しさにびっくりしました。
ひとつ分かんないからその部分の基礎を調べて、さらにそれが分かんないから、さらにその基礎を調べていかないと理解できません。
僕は今年で32歳ですが、分野によっては18歳かそこらの子供に完敗してしまうのだと、改めてそう思うとちょっと恥ずかしいです。
でもそれが当たり前の現実ですね。

まだ理解してないことが多すぎです。
理解するために必要となる知識が多すぎる。
それに対して、人間に与えられた時間が短すぎる。
だからこそ面白いという見方も出来ますけどね。

インターネットを見ていると「オレは分かってる」みたいな感じのブログを見かける機会が多いですが、僕は何にも分かってません…。
プロドライバーが「まだまだ、もっと上達しなきゃ」と言ってる一方、公道を無茶なスピードで飛ばしていくドライバーもいます。
その中で、サーキット走行を経験し、一般道では飛ばさなくなるドライバーもいます。

何かを理解していく過程とは、自分が「何を理解していないのか」を認識していく過程でもあるということを、感じる機会が増えました。
昔は分からなかったことです。
昔は本当に何も分かってなかったから。
今も分かってないけど…。

自分が「何を理解していないのか」が少しずつ明らかになるにつれて、そのとき初めて「ぼんやりして見えていなかった全体像」が見えてくるのだと、そう感じることが出来るようになってから、なにか自分の立ち位置のようなものが変わった気がします。